読者賞だより:11通目――今月の「読み逃してませんか~??」/『死後開封のこと』(執筆者・大木雄一郎)

 まずは告知から。

 例年よりも、ちょっとだけお知らせの時期が遅れましたが、今年も翻訳ミステリー読者賞を開催いたします。今回で7回目。毎回シンジケートの事務局を始め、たくさんのみなさまに支えられていることに心から感謝しております。いつも申し上げていることですが、この賞は投票の多い順に順位こそつくものの、どの作品も「投票された方の『イチバン』である」ということを重視しています。結果発表のときには、上位作品だけでなく投票いただいた全作品をリストにして配布いたします。読者のみなさまがあたらしい作品に触れる機会を、この読者賞から作ってもらえたら、という願いを込めて毎年がんばっています。

 今年は、3月25日(月)から3月31日(日)までの一週間を投票期間として設定しています。まだまだ投票開始までは間がありますので、ぜひ参加をお願いいたします。どういう作品が対象なの? という方には、当サイトの「新刊レビュー」カテゴリにたくさんの本が紹介されていますし、この連載でもいくつか取り上げています。そちらをごらんいただいて、好みの作品を手に取ってみていただけると幸いです。投票についての詳細は、読者賞のサイト にてご確認ください。

 というわけで本題です。今回取り上げるのはリアーン・モリアーティ。幼稚園ママたちの穏やかならざる日常を描いた『ささやかで大きな嘘』(和爾桃子訳 創元推理文庫 2016年)は、ニコール・キッドマンやリース・ウィザースプーンなどのキャストでドラマになるほど話題となりました。3人の幼稚園ママそれぞれの家庭やママ同士の関係性、また子どもたちの絡むさまざまな事件をとおして、ある重大な秘密を浮き彫りにしていく作品ですが、登場人物のキャラクターの濃さ、とりわけ主役マデリーンの明るさによって、作品全体がコミカルな雰囲気で包まれていました。

 一方、昨年6月に刊行された『死後開封のこと』(和爾桃子訳 創元推理文庫)では、『ささやかで~』と同じように3人の女性それぞれの生活を描きつつストーリーは進むものの、読み味はもうまったく違います。

[amazonjs asin="4488297064" locale="JP" tmpl="Small" title="死後開封のこと〈上〉 (創元推理文庫)"][amazonjs asin="4488297072" locale="JP" tmpl="Small" title="死後開封のこと〈下〉 (創元推理文庫)"]

 PTA会長にしてタッパーウェアの売れっ子販売員、3人の娘の母親であり極めて社交的な性格のセシリア。共同で仕事をしている夫と従姉妹が自分の知らないところで心をかよわせていたと知り、衝動的に息子を連れて実家に戻ったテス。30年前に娘を殺された痛みから立ち直れないまま、まだ捕まらない犯人への憎悪を募らせつつ、一方では孫息子を溺愛して日々を過ごす老婦人レイチェル。3人の視点から描かれるそれぞれの生活がじわじわと絡み合っていきます。

 発端は、「ベルリンの壁」に興味を持った次女に、セシリアがそのかけらの実物を見せようと、屋根裏部屋のコンテナを探った時に一通の手紙を見つけたことでした。未開封のその手紙には夫の手書きで

  妻 セシリア・フィッツパトリックへ

  わたしの死後に開封のこと

と書かれていました。一方、テスはというと実家近くの小学校に息子を転校させるべく手続きをしている時に、体育教師をしている元彼、コナーと再会します。昔と変わらない魅力を発しているコナーを前にして、テスは夫と従姉妹への面当てにと、元彼との情事に身を委ねていきます。レイチェルは、息子夫婦がアメリカに引っ越すと聞かされて、唯一の楽しみだった孫息子との時間を失ってしまうことから、嫁へのいらだちを募らせていました。また彼女は、体育教師のコナーを娘殺しの犯人だとずっと信じ込んでいて、コナー自身もレイチェルのそんな思いを察していたたまれなさを感じており、微妙な関係を保ち続けています。

 平穏だった生活に少しずつ不穏の影が差し、3人の女性の心情と行動に現れてくる様々な変化を、モリアーティは丁寧に描いていきます。「死後開封のこと」と書かれた手紙がセシリアをどう変えたのか? 夫の浮気から逃げるように実家に戻り、元彼との情事に至ったテスは? 嫁へのいらだちとコナーへの恨みを募らせたレイチェルは? 次第に絡み合いながら進んでいく3人の人生。その顛末を知れば、きっと誰もがやるせない気持ちに陥ることでしょう。そして罪や罰について、深く考えさせられるのではないでしょうか。

 遠いオーストラリアの話ですが、現代の日本でも十分起こり得る話ですし、ちょっとダークな雰囲気も相まって、ドラマにすると案外受けるんじゃないかとも思います。あとがきには2018年公開予定で映画化とも書かれていますが、その後どうなったんでしょう。もし観られるのなら観てみたい……。ちなみに『ささやかで大きな嘘』のドラマ版『ビッグ・リトル・ライズ』は、現在Amazon Primeで視聴できます。大変おもしろいドラマなので、原作ともどもオススメです。

 さて、次回からは2019年刊行の作品を紹介していきたいと考えています。もちろん読者賞の投票結果から「これは読み逃せないぞ!」という作品も随時取り上げていきたいと思いますので、引き続きお付き合いいただけると幸いです。翻訳ミステリー大賞のゆくえも気にしつつ、読者賞の準備を進めてまいります。ぜひ投票をお願いいたします!

 










大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。

 

[amazonjs asin="B07BW7K9S1" locale="JP" tmpl="Small" title="死後開封のこと 上 (創元推理文庫)"][amazonjs asin="B07BWC5V53" locale="JP" tmpl="Small" title="死後開封のこと 下 (創元推理文庫)"][amazonjs asin="4488297048" locale="JP" tmpl="Small" title="ささやかで大きな嘘〈上〉 (創元推理文庫)"][amazonjs asin="4488297056" locale="JP" tmpl="Small" title="ささやかで大きな嘘〈下〉 (創元推理文庫)"]

全国翻訳ミステリー読書会

海外のミステリー小説専門の読書会です。 開催地は北海道から九州まで全国に広がっていて、多くの参加者にお楽しみいただいています。 参加資格は課題書を読み終えていることだけ。ぜひお近くの読書会にご参加ください。 また、読者が選ぶ翻訳ミステリー大賞、略して『どくミス!』を年に一回(4~5月)開催しています。 こちらも併せてお楽しみください。

0コメント

  • 1000 / 1000