第10回大阪読書会レポート:課題書『死の接吻』(執筆者・信藤玲子)

 2022年5月29日、アイラ・レヴィン『死の接吻』(中田耕治訳)を課題書として、大阪翻訳ミステリー読書会をオンラインにて開催いたしました。

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 この『死の接吻』は、〈2012年版東西ミステリーベスト100〉では第13位(1985年版では第17位)、〈海外ミステリ・オールタイム・ベスト100  for ビギナーズ〉では第5位にランクインしています。

 名作ミステリーとして、これだけ高く評価され続ける秘訣を探ろう! というのが今回の読書会のテーマです。

 そこでまず参加者のみなさんに、印象に残った点を聞いてみると、

「第二部で犯人探しがはじまり、第三部で犯人を追いつめる構成によって、ページをめくる手が止まらなくなった」

「第二部を読みはじめたときに語りの仕掛けに気づき、うまくできているなと感心した」

「予想がことごとく裏切られた」

「この人が犯人だったのか! と驚かされた」

 とにかく構成のうまさに圧倒されたという声が多数でした。そう、この『死の接吻』の最大の特徴は、綿密に構成された語りの仕掛けにあります。

 第一部「ドロシイ」では、語り手の「彼」が大金持ちのキングシップ一族の末娘ドロシイに近づき、財産を手に入れようと画策するものの、予想外の事態に陥って犯罪に手を染める顛末が語られます。第二部「エレン」と第三部「マリオン」では、ドロシイの姉たちの視点から物語が進み、語り手が変わることによって、読者に明かされる情報ががらりと変わることをたくみに利用して、最後まで読者の興味をひきつける物語になっています。

 そのほか、今回再読してあらためて自分の読書歴を振り返ったという感想や、作者の細かい配慮に気がついたという意見も。

「この本が翻訳ミステリーを読むきっかけになった」

「三姉妹が通う三つの大学の特色まできちんと書きわけられている点に感心した」

「『彼』の母親との関係と、キングシップ家の三姉妹と父親との関係が対照的で興味深かった」

「アイラ・レヴィンはもともと戯曲を書いていたこともあり、三部構成のこの小説は三幕仕立ての演劇のように感じられた」

「シリーズものではなく、一作ですぱっと完結しているところがいい」

「『彼』が南の島で日本兵と対峙する場面は、『硫黄島からの手紙』を思い出した」

 第二次世界大戦後の混乱を生き抜くために、他人を陥れようとする「彼」は、従来の倫理や道徳を破壊する〝アプレゲール〟として描かれています。貧しい育ちと戦争体験によって、人格を歪められた「彼」に共感、とまではいかなくても、思わず肩入れしてしまったという声もありました。

「野心家の犯人がこんな事件を起こさずに、キングシップ家を継いでいたら案外成功したのではないかと考えると、運命の皮肉を感じた」

「犯罪は許されないが、それ以外では見習いたい点もあった」

 ちなみに、『死の接吻』と同じ1953年に海外で出版された小説を調べたところ……

・レイモンド・チャンドラー『長い別れ』『長いお別れ』『ロング・グッドバイ』

(『長い別れ』トークイベント、ご協力、およびご視聴ありがとうございました。アーカイブはこちらからどうぞ)

・レイ・ブラッドベリ『華氏451度』

・フレドリック・ブラウン『真っ白な嘘』

・ロアルド・ダール『あなたに似た人』

 といった錚々たるラインナップでした。まだ戦争の傷や恐怖が生々しく残る時代だったことがよくわかります。

 日本では、1950年にヤミ金融「光クラブ」の社長山崎晃嗣をモデルとした三島由紀夫の『青の時代』が出版され、〝アプレゲール〟を描いた小説として話題を呼びました。また、1952年には翻訳書『アンネの日記』が出版され、一大ベストセラーになっています。

 それにしても驚かされるのが、この『死の接吻』を書きあげたとき、アイラ・レヴィンはまだ23歳だったという事実。

 そこで今回のオススメ本、〈度肝を抜かれたデビュー作〉として、参加者のみなさんが挙げてくれた作品は以下のとおりです。

『犯罪』(フェルディナント・フォン・シーラッハ, 酒寄進一訳 東京創元社)

『ミレニアム』(スティーグ・ラーソン, ヘレンハルメ美穂, 岩澤雅利訳 早川書房)

『霊応ゲーム』(パトリック・レドモンド, 広瀬順弘訳 早川書房)

『警察署長』(スチュアート・ウッズ, 真野明裕訳 早川書房)

『チャイルド44』(トム・ロブ・スミス, 田口俊樹訳 新潮社)

 もうクラシックの風格さえある『犯罪』『ミレニアム』、イギリスのパブリック・スクールに通う少年たちの心理を描いたサスペンス『霊応ゲーム』、アメリカ南部を舞台とし、人種差別問題や公民権運動を背景とした大河警察小説『警察署長』、スターリン体制末期のソ連を舞台とし、現代の世界情勢を理解する一助にもなる『チャイルド44』と、看板に偽りなく〈度肝を抜かれたデビュー作〉がそろいました。また、参加者のなかにナイジェリアと深い関わりを持つかたがいらっしゃり、『異常(アノマリー)』『マイ・シスター、シリアルキラー』といったナイジェリアの小説を紹介してくださいました。

 さて、次回の大阪読書会は、ようやく約3年ぶりに対面で開催したいと考えております。少し先になりますが、10月に盛大に対面読書会復活祭を催す予定ですので、ぜひともご参加ください。どうかこのままコロナが収束しますように……!

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