第21回名古屋読書会レポート(執筆者・片桐翔造)

 犬は世につれ世は犬につれ。「人類の最良の友」の名をほしいままにするこの生き物を題材に、これまで数多くの名作が書かれてきました。

 折も折、今年は戌年。昨年は犬ミステリが何やら出ていましたし、思えばミステリに欠かせない「伏線」という語には犬という漢字が隠れています。これはもはや読書会は犬ミステリでやるしかない、せっかくだからグループで違う課題本にしよう――そういう流れで、さる2月17日に第21回名古屋読書会が開かれたのでした。

 課題本はボストン・テラン『その犬の歩むところ』とロバート・クレイス『約束』。デュアル読書会とでもいいましょうか、参加者はそれぞれ選んだ本の班に行き、読書会の後に面白ポイントをお互い教え合うシステムです。ゲストとして『その犬の歩むところ』担当編集者の永嶋俊一郎様と『約束』の翻訳家高橋恭美子様をお迎えし、大層盛り上げていただきました。誠にありがとうございます。

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 さて、犬の話をしましょう。

『その犬の歩むところ』に出てくるのは雑種犬ギヴ。傷ついたギヴと路上で遭遇したイラク帰還兵の「ぼく」が、ギヴのこれまでの旅路や出会った人々について物語る形式をとっています。

 対する『約束』に出てくるのは、スコット巡査の相棒である警察犬マギー。犬視点の語りが人気を博した『容疑者』の続編で、殺人事件を捜査する警察パートと、失踪した女性を探す私立探偵パートがリンクする形となっています。なお、私立探偵のコール&パイクは別シリーズの主人公コンビのため、クロスオーバー的な作品でもあります。

 出てくる犬はかたや雑種にかたやシェパード、小説ジャンルもかたやロードノベルにかたや正統な捜査ものと対照的ですが、それぞれどのような感想が飛び出したのでしょうか。

『その犬の歩むところ』班では、「ギブがハリケーン・カトリーナに被災する展開や、『ぼく』がイラク帰還兵という設定など、傷ついたアメリカに寄り添う犬の物語である」というコメントが簡潔ながら的を射たものといえましょう。

 また、ギヴや登場人物たちの外見描写がほとんどないことから、「普遍的というか、一種の神話のような印象を受ける」との指摘も。

 ほか、「この作者の本、登場人物がいつも怒ってる印象があったけど今回はかなり泣かせが入る。それで『ぼく』が虐待犯と思われて獣医にむっちゃキレられるシーンは『待ってましたテラン先生!』って」など過去作と比較した感想や、「辛い展開が多いけど、ロードノベルらしい爽快なシーンもあってところどころに『古き良きアメリカ』が見え隠れする」「アメリカ万歳的な作品であるよねー」との意見も見られました。

 ミステリとして見た際は「謎解き要素はほとんどない」という意見が大勢を占めましたが、「ギヴを誘拐したミュージシャン兄弟の顛末がサスペンスフル」というコメントもあり、作品の奥深さが伺えます。

『約束』班においては、警察パートと探偵パートとの絡みから、「元海兵隊のパイクがさ、海兵隊でマギーが訓練されていたのを知ってにっこりする場面は萌えるよね」というコメントが印象的です。2つのパートが合流する際に、関係が自然に構築されるさまが巧みといえましょう。

 スコット&マギーの特徴でもあるマギー視点の語りは絶賛の嵐でありました。「『スコットは安全。マギーも安全。しっぽパタパタ』可愛い!」「なんか琴欧洲のブログみたいだよね」など。それは褒めているのか……?

 ともあれ、隠し事や嘘の多い登場人物に囲まれる中、スコットとマギー、コールとパイクという両コンビの強い信頼関係や、弱者に向けられる温かな視点が非常に魅力的であるという点は、多くの意見が一致するところでした。

 ミステリとしては、「関係なさそうな2つの事件、2組の主人公がリンクする流れがよく出来ている」「前作『容疑者』よりもミステリとして上では」「コール&パイクがハードボイルドタッチで過去作も読みたくなった」という意見がありました。

 また、舞台となるロサンゼルスの地理や食べ物の描写なども評価が高く、課題本を両方読んだ参加者からは「確かに食べ物描写は『約束』に軍配が上がる、というか『その犬~』に食べ物出てきたっけ?」などと、一種身も蓋もない感想が。

 双方の感想をとりまとめた結論としては、一見対照的な作品ながら、現代のさまざまな事件やネガティブな事象を背景としつつ、人々を助け支える存在としての犬の魅力が伝わってくるということで、おおむね落着したことです。

もっとも犬の魔力というべきか、「こっちは面白かったけどそっちも面白そうだねー」で終わらず、「うちのマギーちゃんは血統書付きのシェパードだしどこぞの雑種とは格が違うんよ」「ギヴは人類の友という概念的存在だから犬種なんか超越してるし!」と、半ばジョーク、半ば本気で言い合う姿も見られました。飼い主バカというか読者バカというか、うちの子が一番可愛い的な感想をつい漏らしてしまうのは、今回のようなジャンル、今回のようなデュアル読書会形式あってのことでしょう。

 最後は特別企画「あなたのおすすめ犬ミステリ」。いつもの「次に読む一冊」とは違い、今回は実際に本を持ってきた参加者が皆の前で軽くポイントをプレゼンする形で、つい愛が爆発してしまうプレゼン者も多くいた模様です。

挙げられた作品は、『約束』と似た要素のある作品として、犬とコンビを組むスペンサー・クイン『ぼくの名はチェット』やアイリス・ジョハンセン『爆風』。『その犬の歩むところ』的な作品としては、犬との旅行を描いたジョン・スタインベック『チャーリーとの旅』や、犬系図叙事詩の古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』。ほか、知性を強化された犬が活躍するディーン・クーンツ『ウォッチャーズ』、犬アンソロジー『いぬはミステリー』『幻想の犬たち』などなど。

 このように、デュアル読書会やおすすめプレゼン企画と、名古屋読書会は日々進化し続けているのです。来年は猪ミステリだ!

 










片桐 翔造(かたぎり しょうぞう)

ミステリやSFを読む。『サンリオSF文庫総解説』(本の雑誌社)、『ハヤカワ文庫SF総解説』(早川書房)に執筆参加。《SFマガジン》DVDコーナーレビュー担当。名古屋SFシンポジウムスタッフ。名古屋市在住。

ツイッターアカウント: @gern(ゲルン@読む機械)


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海外のミステリー小説専門の読書会です。 開催地は北海道から九州まで全国に広がっていて、多くの参加者にお楽しみいただいています。 参加資格は課題書を読み終えていることだけ。ぜひお近くの読書会にご参加ください。 また、読者が選ぶ翻訳ミステリー大賞、略して『どくミス!』を年に一回(4~5月)開催しています。 こちらも併せてお楽しみください。

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