第17回大阪読書会レポート(『偽りの空白』2024年11月16日開催)

あけましておめでとうございます。
2025年も翻訳ミステリー読書会、および大阪読書会をよろしくお願いいたします。

遅くなりましたが、2024年11月16日に開催した大阪読書会についてご報告いたします。

トレイシー・リエン『偽りの空白』(早川書房)を課題書として、訳者の吉井智津さんをゲストにお迎えして開催しました。参加者のなかには、福井や名古屋から来てくださったかたや、今回が人生で初の読書会というかたもいらっしゃいました。ありがとうございます!


『偽りの空白』は、いまからおよそ30年前、1996年のオーストラリアのシドニー郊外にあるカブラマッタを舞台とする物語です。

1970年代後半、ベトナム戦争の終戦にともない、多くのベトナム人が国を脱出してアメリカやオーストラリアに逃れ、カブラマッタにもベトナム人コミュニティが作られました。

この小説の主人公キーも、幼い頃に両親とともにベトナムを出てカブラマッタで育ち、その後メルボルンの新聞社に就職して記者として働いていました。

ところが、ある日突然、五つ年下の弟デニーが殺されたという報が届きます。
レストランで何者かに殴り殺されたという知らせは、姉であるキーには信じがたいものでした。オーストラリアで生まれ育ったデニーは誰からも愛される優等生だったのに、いったいなにが起きたのか? 
一家の期待の星であったデニーの死に打ちのめされた両親は、事件の経緯を調べるどころか、生きる気力すら失いかけてしまいます。

そこでキーが立ちあがり、デニーの死の真相を知るために周囲の人への聴きこみをはじめると、ベトナム系移民として生きてきた自分たちの歩みが浮き彫りになり……というストーリーです。

キーと同じベトナム系オーストラリア人である作者が描き出した、オーストラリアにおけるベトナム系移民の現実について、参加者のみなさんからは、

・移民大国だと思っていたオーストラリアにこういう側面があった(ある)とは知らなかった

・「白豪主義」とは聞いたことがあったけれど、こういうことかと理解できた

・弱いものがさらに弱いものを痛めつけるさまが描かれていた

・日本語を教えるボランティアをしているが、移民をめぐる問題は構造的な難しさがあることをあらためて実感した

などの感想があがりました。アメリカやオーストラリアと比べると、日本では移民の受けいれは進んでいませんが、それでも身近な問題として捉えた人が多かったようです。

「差別や分断の問題は現代になっても解決されておらず、オーストラリアにかぎった話ではない」という意見も出ました。

キーの家族のなかでも、おとなになってから移住した両親、幼い頃に移住したキー、オーストラリアで生まれたデニーの3つの世代が描きわけられ、英語が苦手な両親とベトナム語を上手に話せない子どもたちという図式、世代間の葛藤が印象に残った人も多かったようです。

アジア系移民の子どもにのしかかる、「モデルマイノリティ」として優秀でなければならないプレッシャーの問題に着目した人もいました。


また、キーにとって家族と同じくらい重要な存在であった幼なじみの親友、ミニーがこの小説で大きな役割を果たしています。自分と同じベトナム系移民であり、物事の本質を見抜く鋭さを持っていたミニーの声を、キーはつねに心のなかで反芻しています。

参加者のみなさんからも、「キーとミニーの関係がとくに心に残った」、「同じベトナム系移民であっても、キーの家族と異なる環境で育ったミニーの抱える孤独がひしひしと伝わってきた」などの感想があがりました。


この小説には、キーの家族以外にもさまざまなベトナム系の家族が登場しますが、誰もがみなオーストラリアの社会に溶けこみたいと願っているのに簡単に果たすことができず、社会からドロップアウトする移民も少なくない厳しい現実がありのままに描かれています。

読んでいて腹ただしくなった、つらくなったと語った人も複数いらっしゃいましたが、安易な結末や解決策を提示していないにもかかわらず、最後には希望が感じられたという感想も多くあがりました。

訳者の吉井さんに翻訳時のエピソードを伺うと、原文の息詰まるほど密度の濃い文体を日本語で再現するために骨を折った話を教えていただきました。作者トレイシー・リエンは、登場人物やできごとのすべてをていねいに描写しているので、一文一文にぎっしりと内容が詰めこまれています。それらを解きほぐしながら訳していただいたおかげで、読みごたえがありつつも、文章がすっと頭に入る作品になっています。


いわゆる謎解きミステリーとは少し異なるので、ミステリー読者にどう受けいれられるのかという点も気がかりだったようですが、参加者のみなさんはこの本を読めてよかったと口々に語り、作者のメッセージをしっかり受けとっていることが伝わってきました。


そしてオススメ本の時間ですが、まずは移民が描かれている小説が話題にのぼりました。

・ケン・リュウ『紙の動物園』(古沢嘉通訳 早川書房)

・オーシャン・ヴオン『地上で僕らはつかの間きらめく』(木原善彦訳 新潮社)

・平原直美『クラーク・アンド・ディヴィジョン』(芹澤恵訳 小学館)

・ジュリアナ・グッドマン『夜明けを探す少女は』(圷香織訳 東京創元社)

『偽りの空白』の推薦文を書いている、ジュリア・フィリップスの小説を勧めてくださった人もいました。

・ジュリア・フィリップス『消失の惑星』(井上里訳 早川書房)

今回のテーマである「オーストラリア/ニュージーランドを描いた本」も以下のようにあがりました。これらのなかにも移民がテーマになっている小説があります。

・ジェイン・ハーパー『渇きと偽り』(青木創訳 早川書房)

・岩城けい『さようなら、オレンジ』(筑摩書房)

・C・A・ラーマー〈マーダー・ミステリー・ブッククラブ・シリーズ〉(高橋恭美子訳 東京創元社)

・サラーリ・ジェンティル『ボストン図書館の推理作家』(不二淑子訳 早川書房)

・フィン・ベル『死んだレモン』(安達眞弓訳 東京創元社)

・ウェイ・チム『アンナは、いつか蝶のように羽ばたく』(山本真奈美, 冬木恵子訳 アストラハウス)

・ジョー・ネスボ『ザ・バット 神話の殺人』(戸田裕之訳 集英社)

・ジョーン・リンジー『ピクニック・アット・ハンギングロック (井上里訳 東京創元社)


2024年、大阪読書会は3回開催することができました。ご参加いただいたみなさんにあらためて感謝を申しあげます。

2025年の第一回目は、3月2日(日)、ジャニス・ハレット『アルパートンの天使たち』 (山田蘭訳 集英社文庫)を課題書として、対面で開催いたします。2月頭に募集を開始する予定ですので、ご興味のあるかたはぜひご参加ください。

大阪読書会世話人 信藤玲子

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