【読書会レポート】第16回大阪翻訳ミステリー読書会/ロス・トーマス『愚者の街』(松本剛史訳 新潮社)

2024年7月14日、第16回大阪翻訳ミステリー読書会を開催いたしました。


今回の課題書であるロス・トーマス『愚者の街』(松本剛史訳 新潮社)は、『女刑事の死』(1984年)でMWA最優秀長篇賞に輝いた巨匠ロス・トーマスが初期(1970年)に発表した作品ですが、日本では翻訳されないまま50年以上経ち、2023年にようやく満を持して翻訳出版されました。

ミステリーファンが長年待ち望んだ思いが成就した結果、「ミステリが読みたい!2024年版」の第一位、「このミステリーがすごい! 2024年版」の第四位、そして翻訳ミステリー読者賞の第五位と各ミステリーランキングで見事に上位入賞を果たしました。


そんな話題作だけあって、今回の読書会は、ロス・トーマスの大ファンの人、はじめて読んだ人、大阪読書会に毎回ご参加いただく人、読書会初参加の人、福井から来てくれた人……などなど、ありがたいことに総勢18人の満員御礼となりました。


物語の舞台は1960年代、主人公ルシファー・C・ダイはアメリカの諜報機関のスパイとして香港で暗躍していた。ところが、ある失策によって警察に捕まってしまい、スパイをあっさりお払い箱になって、お目付け役のカーミングラーに連れられて香港からアメリカへ送り返される。


そんなダイの前に、突然ヴィクター・オーカットと名乗る謎の青年実業家があらわれて、「あんたにやってもらいたいのは、街をひとつ腐らせることだ」と謎の依頼をする。


はて? 街を腐らせるとは?? と思いながらも、オーカットとその仲間である元警官のホーマーと元娼婦のキャロルとともに南部の街スワンカートンへ向かい、その腐敗まみれの街でダイは三重スパイとして活躍する……


と、本編だけでもじゅうぶん盛りだくさんなうえに、前半(上巻)の半分以上はダイのとびきり波乱万丈な生い立ちがたっぷりと語られています。


1933年に生まれたダイは、一歳になる前に父親に連れられてアメリカから中国に渡る。ところが1937年の爆撃によって孤児となり、上海で娼館を経営するロシア人女性タンテ・カテリンに拾われる。

日中戦争を背景として描かれるダイの幼少期は、そこだけでひとつの小説として完成しているかのような読みごたえがあります。

というわけで、参加者のみなさんの感想も、

・上海パートが一番おもしろかった

・(主人公の成長を描く)ビルディングロマンスとして楽しめた

・上海パートを映像化してもおもしろそう

・情景描写や心理描写が上手だなと感心した


といった感想が多く挙がりました。


主人公の成長を描く小説といえば、マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』やディケンズ『オリヴァー・ツイスト』がまっさきに頭に浮かびますが、『愚者の街』の原題(The Fools in Town Are on Our Side)は『ハックルベリー・フィンの冒険』からの引用であり、冒頭にエピグラフとして記されています。また、悪党やチョイ役も含めて数多い登場人物をじっくり書きわけているあたりは、ディケンズに通じる特徴ではないでしょうか。

そしてもちろん、ひとつの街で陰謀と闘争がくり広げられる物語というと、ダシール・ハメット『血の収穫』も忘れてはなりません。
となると、この『愚者の街』は、ディケンズのような成長物語であり、『ハックルベリー・フィンの冒険』のような南部小説であり、『血の収穫』のようなハードボイルドであり……と要素多過ぎ!であるために、


・難しかった

・登場人物が多いため何度も前に戻ったり、登場人物表を確認した

という声も少なからずありました。

その一方で、登場人物のキャラクター設定や描写が印象に残ったという感想も多く語られました。


・ダイが余計なことを語らず、飄々としているところがよかった

・一人称であることを忘れるくらいダイの内面が描かれない点が興味深かった

・(上海時代からパートナーとなる)スモールディンが物語の最後までスモールディンらしくてよかった

・タンテ・カテリンが魅力的だった


たしかに、タンテ・カテリンはどれくらい美しかったのか想像を膨らませてしまいます。

もしかしたら客観的にはそれほど美しくなかったのかもしれませんが、ダイにとっては永遠に「世界一美しいひと」であったことが読者の胸に刻みつけられます。

先に書いたように、翻訳出版まで時間がかかっただけあって


・待ちに待った翻訳だった! 次の『狂った宴』もはやく読みたい!!


と、ロス・トーマス愛を熱く語っていただいたかたもいらっしゃいました。ありがとうございます。めでたく『狂った宴』も発売されましたので、みなさまぜひ。


『愚者の街』の解説で、原寮氏が小説家は〝詐欺師〟のようなもので、詐欺の至芸はその語り(騙り)口すなわち話芸にあると書いていますが、まさにその騙り口を堪能できる小説だと言えましょう。


さて、恒例のオススメ本紹介のテーマは、(待望の翻訳)にちなんで「翻訳してほしい小説」もしくは「復刊/新訳してほしい小説」でした。


・ジェイムズ・ヘンリー『First Frost』(そう、あのフロスト警部シリーズの新しい作者による続編です)

・フォルカー・クッチャー『濡れた魚』シリーズ(全8作と聞いているのに3作までしか邦訳が出ていない)

・シャーロット・アームストロング『毒薬の小壜』(復刊希望)

・レン・デイトン『SS-GB』(復刊希望)

・ミネット・ウォルターズ『The Turn of Midnight』など(いつの間にか翻訳止まってる?)

・アントニー・バークリーの作品がもっと読みたい

・マイケル・ロボサム『天使の嘘』(サイラス&イーヴィシリーズ)の続き

・クラム・ラーマン『ロスト・アイデンティティ』 『テロリストとは呼ばせない』の続き(三部作の最後の一冊が出ていない)


最後のクラム・ラーマンは、先日のYouTubeイベント「出版社イチオシ」でも話題になっていましたね。翻訳小説を出してもらうためには、出版社に働きかけることが必要だ、と全員の意見が一致しました。実際、出版社に手紙を送ったことがあるというかたもいらっしゃいました。こういった読書会やYouTubeイベントなどの草の根運動で、小さなことからコツコツと出版界を盛りあげていきましょう!!


さて次回の大阪読書会は、11月16日(土)、トレイシー・リエン『偽りの空白』(吉井智津訳 早川書房)を課題書として開催する予定です。1か月前くらいに正式な告知を発表して、受付開始いたします。読書会ベテランのかたも初心者のかたも、どうぞご参加ください。


大阪翻訳ミステリー読書会世話人 信藤 玲子

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