大阪読書会(『虚言の国』)レポート&次回のお知らせ
2025年7月13日(日)、第19回大阪翻訳ミステリー読書会を開催いたしました。
超・酷暑の今年、この日の予想最高気温は37度。オリンピックや高校野球と同様に、読書会も夏季の開催が適切なのか考え直す必要があるのかもしれません……
なんて、一瞬ばかり弱気になってしまいましたが、読書および読書会の長所はどんな気候であっても屋内で快適に楽しめる点です。猛暑や厳寒の折こそ、読書に励みましょう!
今回の課題書は、ティム・オブライエン『虚言の国』(村上春樹訳)。
デビュー作『僕が戦場で死んだら』(中野圭二訳)や、代表作である『本当の戦争の話をしよう』(村上春樹訳)など、自らが従軍したベトナム戦争への怒りを主題にしてきたティム・オブライエンが、長い沈黙のあと、第1期トランプ政権以後の混迷するアメリカ、「嘘が猛威を振るう国」(訳者あとがきより)を舞台として描いた小説です。
物語の幕開けはパンデミックが近づきつつある2019年のカリフォルニア。
かつてはジャーナリストとしてピュリッツァー賞を目指していたにもかかわらず、現在はJCペニー(日本で言うとイオンのようなチェーン店か)の店長として働いているボイド・ハルヴァーソンは、ある日いきなり地元の銀行を襲って8万1千ドルを奪い(もともとの自分の預金額は7万2千ドル)、銀行員のアンジー・ビングを人質に取って逃走する。
が、嘘ばかりつくミソメイニア(虚言症)のボイドと、プロテスタントの一派であるペンテコステ派の信者であり、とにかく口が立つアンジーの逃走劇がまともに進むわけはなく、そこにアンジーのサイコな彼氏ランディーとクレイジーな仲間たちや、悪辣な銀行の頭取夫婦も絡んできて、奇妙奇天烈な展開がくり広げられる。そしてボイドは元妻エヴリンと再会し、義理の父親であるドゥ―ニーのもとへ向かうが……
物語全体について、参加者のみなさんの感想は以下のとおりです。
・パンデミックが描かれているため、社会の非日常感との相乗効果によって、世の中が狂っているさまが強く伝わってきた。
・銀行強盗をしたボイドにアンジーがついていくのは、ストックホルム症候群なのか。
・ボイドとアンジーがたどり着いたミネソタ州の雪の描写が印象に残り、ティム・オブライエンの過去作『失踪』(坂口緑 訳)を思い出した。
・ピンボールが出てきたりと、村上春樹の小説とシンクロするものを感じた。
・トランプ大統領の就任式の人数についての「嘘」のように、現実の嘘も書かれていたのが興味深かった。
主人公であるボイドのミソメイニア(虚言症)について、こんな議論も交わされました。
・ボイドは物心ついたときから嘘をついていたと書かれているが、先天的なものなのか、後天的なものなのか? いつから嘘をつきはじめたのか?
・嘘をつくことで自分を守ろうとしたのではないか。両親からの逃避ではないか。
・生きるために嘘が必要だったのではないか。
そしてボイドを翻弄し、ランディーを(さらに)狂わせるアンジーについても、みなさんの深い分析に唸らされました。
・(病気でもないのに病気の自助グループに参加する)『ファイトクラブ』のヒロインを思い出した。
・ボイドやランディーといった救いを必要とする人に寄り添うのが生きがいなのか。共依存の要素があるのかもしれない。
・ペンテコステ派のアンジーが語る台詞が「神の言葉」のように思えた。
・アンジーが男性を救うミューズとして書かれているように感じたので、「男性が書いた男性のための物語」と思ってしまった。
・でも作者はマチズモの問題をある程度自覚しているのではないか。
作者ティム・オブライエンは、「この国の半分は虚言を受け入れているみたいだ」「嘘だと知りつつ、その嘘を受け入れるというのは新しい現象であるように僕には思える」と雑誌のインタビューで語っています。
では、小説の力で「嘘」や「虚言」の蔓延を止めることは可能だと思いますか?
・可能だと思いたい。小説で止めることができればいい。
・物語化することは危険であり、ストーリーには世界を滅ぼす力があるが、よきストーリーに依存することで「嘘」や「虚言」をくい止めることは可能だと思う。
・孤立化すると、SNSのエコーチェンバーに呑みこまれてしまう。そうならないために、読書会などで他人とつながることが必要ではないか。
なんと、読書会が世界を救うという結論に到達しました。みなさん、どんどん読書会に参加して、世界を少しでもよい方向へ導きましょう。
最後にみなさんに尋ねました。ボイドは救われたのでしょうか?
・他人に手を伸ばすこと、救いを求めることができるようになったのではないか。
ちなみに、この物語の結末を読んで、世話人(信藤)は『*****の森』(伏字の意味があるのか)が頭に浮かびました。みなさんはどうでしょうか?
訳者あとがきで、ティム・オブライエンは「実験することを恐れない」「一貫して勇気ある作家」と書かれています。
この小説も簡単に読み解くことができない物語ではありますが、参加者のみなさんの鋭い分析によって、一見共感できない登場人物たちの行動哲学や物語の構造が見えてきたような気がします。
というと、難解な物語のように思われるかもしれませんが、ランディーとその仲間たちの暴れっぷりなどドタバタ悲喜劇の要素も強く、ティム・オブライエン×村上春樹による気の利いたフレーズもたくさん出てくるので、興味を持ったかたはぜひ読んでみてください。
さて、毎回恒例のオススメ本を紹介する時間ですが、今回のテーマは「嘘/虚言」が鍵となる小説。考えたら、ほとんどのミステリーがあてはまるような気もしますが、参加者のみなさんは的を射た作品を紹介してくださいました。
ヴォネガット作品が二作推薦されましたが、スラップスティックな要素が『虚言の国』と共通しているのかもしれません。
・ケン・ジャヴォロウスキー『罪に願いを』 (白須清美 訳 集英社文庫)
・乾くるみ『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)
・芦沢央『嘘と隣人』(文藝春秋)
・ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』 (岸本佐知子 訳 白水Uブックス)
・イアン・マキューアン『贖罪』 (小山太一 訳 新潮文庫)
・カート・ヴォネガット・ジュニア『母なる夜』(飛田茂雄 訳 ハヤカワ文庫)
※カート・ヴォネガット『母なる夜』 (池澤夏樹 訳 白水Uブックス)もあり
・カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』(伊藤典夫 訳 ハヤカワ文庫)
・半村良『闇の中の系図』(河出文庫)
【次回予告】
次回の大阪翻訳ミステリー読書会は、10月24日(金)の夜に開催いたします。
課題書は、マイクル・コリータ『穢れなき者へ』(越前敏弥 訳 新潮文庫)です。刊行は8月28日(木)頃の予定ですが、
どんな話か早く知りたい!!!
というかたは、先日配信された翻訳ミステリー読書会YouTubeライブ「出版社イチオシ祭り」をぜひご覧ください。
読書会には訳者の越前敏弥さんもご参加いただける予定です。9月下旬に正式な告知をアップいたしますので、どうぞお楽しみに!
大阪翻訳ミステリー読書会世話人 信藤玲子
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