第21回大阪読書会(課題書『魚が存在しない理由』)レポート

〈カオスは「もし起きたら」という類のものではない。「いつ起きるか」という問題だ〉
――『魚が存在しない理由』(ルル・ミラー著 上原裕美子訳 サンマーク出版)


2026年2月8日(日)、大阪翻訳ミステリー読書会を開催いたしました。

今回はスピンオフ会として、ノンフィクション『魚が存在しない理由』を課題書とし、翻訳者の上原裕美子さんをゲストにお招きいたしました。

しかし当日、関西は大雪。大阪で雪が積もるなんて数年に一度の椿事。
雪のため参加を断念されたかたも2名いらっしゃり、誠に申し訳ありませんでした。

なぜよりによってこの日に……というか、そもそも真冬に開催すべきではなかった、なんて不注意なんだ! と、たちまち心が折れる自分。デイヴィッド・スター・ジョーダンにはなれそうもない。


そう、デイヴィッド・スター・ジョーダンは、スタンフォード大学の学長も務めた生物分類学者であり、今回の課題書である『魚が存在しない理由』は、サイエンスジャーナリストである著者のルル・ミラーが彼の人生を丹念に取材した一冊なのです。

生物を分類するとは、自然というカオスを整理して、つながりを見つけ、混沌に秩序をもたらす困難な作業。〈賢い人間は、カオスと闘うことを試みたりしない〉

ところが、デイヴィッドは不屈の精神でカオスに逆らい、世界中を回って魚を集めて、名前をつけた標本を積みあげていきます。たとえ大地震や身内の不幸といったカオスに逆襲されても、けっしてめげることなく再び立ちあがり、研究を再開します。
家族との関係や失恋の苦しみに悩んでいたルル・ミラーは、デイヴィッドのポジティブさや自信の源を探るべく調査に乗り出すのですが……

参加者のみなさんも、デイヴィッドの精神構造や分類という作業に興味を惹かれたようす。

・医学的に鬱と診断された人が「正しい自己認識」を備えているという点が興味深かった

・ポジティブ・イリュージョンの錬金術って何? と気になった

・魚がもともと好きなので、読んでいて興味深かった

・自分も研究者なので、科学者のありかたや科学の業績と思想の関係について、いろいろ考えさせられた

・若い人たちが「陽キャ」「陰キャ」と分類することに違和感を抱いていたことを思い出した

・名づけたいというのは支配したい心のあらわれかもしれない


この本の最大の特徴は、著者であるルル・ミラーがデイヴィッドの足取りを自らの個人的な体験と重ねあわせているところです。その点について、さまざまな感想が挙がりました。


・最初は推し活本なのかと思った

・ルル・ミラーのお父さんに会ってみたくなった

・自分探しの本なのかと感じた

・自分語りが結構多かった

・事実は事実として読みたい方だが、この自分語りが読ませる力なのだと思う

ノンフィクションとしては少々異色とも言えるこの本にあわせて、訳者の上原さんも訳語の選択や訳者脚注のつけ方を工夫されたとのことです。それによって非常に読みやすく、かつ忘れがたい魅力のある一冊になったのだと納得しました。
分類やカテゴライズ(をするかしないか)については、著者の言葉の選択を忠実に反映して訳したとのことで、原書に対する誠実さのあらわれだと感じ入りました。


翻訳に苦労した点を伺うと、魚の学術名は変わっていくので、追いかけるのが大変だったそうです。この本で重要な意味を持つクマガイウオを実際に見るために、福島の水族館まで足を運ばれたとのこと。
また、デイヴィッドの悩み多き少年時代は、読んでいてすっと共感できるくだりですが、翻訳していて楽しかった箇所のひとつだったと教えていただきました。

この『魚が存在しない理由』は、原書が出版されたアメリカのみならず、韓国でも(なんと50刷!)、イギリスでもヒットしているそうです。舞台はほぼアメリカですが(日本もちらりと言及されますが)、どの国の人にも通じる普遍性を備えているのでしょう。

そして、ぱっと目を惹きつける美しい装丁も、もちろん話題にのぼりました。電書で買ったのを後悔する人、電書で買ったけど紙の本を買い直したという人も。

著者ルル・ミラーは、デイヴィッドの足取りをたどるうちに思いもよらぬ展開にたどり着き、自らの人生もがらりと変わっていくのですが、ここから先はぜひ実際に読んでみて確認してください。

この本自体が「分類の難しそうな本」だと感想を述べられたかたもいらっしゃいますが、まさにそのとおりだと思います。

大雪というカオスに見舞われましたが、上原さんからのお話も参加者のみなさんの感想もとてもおもしろく、たいへん有意義な時間になりました。考えたら、『魚が存在しない理由』読書会がカオスに襲われたのも必然だったのかも……(いや、私の見積もりの甘さのせいです、すみません)

最後はいつものとおり、オススメ本の紹介の時間。今回のテーマは「2025年に読んでよかった本」。

ところが、みなさんのお話を伺うのに夢中になり、時間がなくなってしまいました(これもカオスのせい?)。なので、後日あらためてお伺いしました。

・『四維街一号に暮らす五人』(楊 双子著 三浦裕子訳 中央公論新社)

・『鎖された声』(エミコ・ジーン著 北綾子訳 ハヤカワ・ミステリ)

・『選んで、語って、読書会1・2』(有栖川有栖 北村薫 宮部みゆき編 創元推理文庫)

・『僕には鳥の言葉がわかる』(鈴木俊高著 小学館)

・『本当の戦争の話をしよう』(ティム・オブライエン著 村上春樹訳 文春文庫)

・『マイ・ディア 親愛なる物語』(氷室冴子著 河出書房新社)

次回の大阪翻訳ミステリー読書会は、6月中旬を予定しています。次からは真冬と真夏には開催しないようにします!
詳細が決まりましたら、Xやこちらのサイトで告知いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

大阪翻訳ミステリー読書会世話人   信藤玲子

全国翻訳ミステリー読書会

海外のミステリー小説専門の読書会です。 開催地は北海道から九州まで全国に広がっていて、多くの参加者にお楽しみいただいています。 参加資格は課題書を読み終えていることだけ。ぜひお近くの読書会にご参加ください。 また、読者が選ぶ翻訳ミステリー大賞、略して『どくミス!』を年に一回(4~5月)開催しています。 こちらも併せてお楽しみください。

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